国際ビジネスマンに求められる英語力

吉野直行先生について

慶應義塾大学経済学部教授。東北大学経済学部卒業。ジョンズ・ホプキンス大学大学院博士課程修了、PhD (経済学博士)。ニューヨーク州立大学助教授、埼玉大学大学院助教授、などを経て、1991 年慶應義塾大学経済学部教授、現在に至る。金融庁研究研修センター長、財務省国債投資家懇談会座長、2004 年スエーデン・ヨテボリ大学名誉博士。専門分野は財政・金融政策。弊社大塚は慶応大学時代、吉野研究会 (ゼミ) に所属。

(敬称略)

大塚 「本日はインタビューにご協力いただきありがとうございます。先生は日本をはじめ、アメリカ、スエーデン、イギリス、中国、タイ、モンゴル、スリランカ等世界の各国に呼ばれて講演をされたり、国連のプロジェクトや ASEAN 会議で発表されておられます。そんな国際舞台で活躍されている先生が、OB 会で『日本人は優秀であるのに英語が出来ない為に本当に損をしている。』と話していたことを思い出し、英語力の向上を目指している弊社のお客様に、是非先生の話を聞いていただきたいと思い、今回先生にインタビューをお願い致しました。」
吉野 「今日はわざわざ大学まで来ていただき、ありがとう。私は学者ですのでビジネスの世界とは少し違うかもしれませんが、国際舞台で活躍する条件には共通点があると思いますのでいろいろとお話できると思います。」
大塚 「ありがとうございます。まず先生の英語との係わり合いについて教えてください。」
吉野 「ちょうど私が大学生だった頃、後に大蔵省の財務官になる行天豊雄さんが、日本人としては初めて国連で英語のスピーチをするのを聞きまして、感動したのが始まりです。『行天さんのように国際的に通用する人になりたい!』と思い、真剣に英語を勉強し始めました。」
大塚 「具体的にはどのように勉強をされたのでしょうか?」
吉野 「まず、大学で外国人が教える授業は出来るだけ取るようにしたこと。YMCA で英会話コースを取ったこと。そして当時、短波放送で英語による放送が流されていたのですが、それを毎日欠かさず聞いていました。周りのクラスメートが音楽を聴いていたとき、私はひたすら英語を聞いていました (笑)。」
大塚 「それはすごいですね! いかにも先生らしい (笑)。」
吉野 「経済学者の道を選んだのも経済は外国との結びつきが強く、国際的に活躍できるフィールドであると思ったからですよ。」
大塚 「外国がまだまだ遠い 70 年代初め頃から『国際舞台で活躍する』と決心され、それに向けて準備をされていたとはすごい話ですね。」
吉野 「それだけ行天さんのスピーチにはインパクトがありました。最近、その行天会長と一緒に国際会議で何度か議論するチャンスに恵まれ、感激しました。」
大塚 「先生はその後、米国メリーランド州 にある名門ジョンズ・ホプキンス大学に留学されましたね。」
吉野 「FULBRIGHT (日米政府出資による教育交流プログラム) の試験に運よく合格し奨学金をいただくことが出来ました。そこで TOEFL、GRE という試験を勉強して Johns Hopkins University の経済学部の博士課程に留学しました。」
大塚 「留学された当初、語学の壁にはあたりませんでしたか?」
吉野 「ちょうど授業がはじまる前の 2 ヶ月間 コロラド州 の Economic Institute という語学学校で他の日本人留学生達 (東大の伊藤元重教授、伊藤隆敏教授など) と英語の勉強をしました。『自分は諸外国からの留学生と比べて英語がうまい』という自信をある程度得たのですが、いざジョンズ・ホプキンスで大学院の講義を聞くと、周りの大多数はアメリカ人の学生であり、しかも教授陣は、アメリカ人・イギリス出身の教授・スイス人・インド人の教授の英語など、毎時間話し方も変わるので苦労しました。」
大塚 「通用しなかったわけですね (笑)?」
吉野 「そう (笑)。数式やグラフの説明だと日本人は相当強いので理解できたのですが、言葉だけの説明ですとほとんど理解が出来ない。特にアメリカ人は分かりやすく説明しようと様々な例を出す。その例が アメリカ の事例のため、日本で育った私には全く理解できない。これには本当に参りました (笑)。」
大塚 「どうやって克服されたのですか?」
吉野 「まず講義の内容を理解できないため、上手くノートが取れない。そこでやさしそうなクラスメートの女性にノートを借りたのですが、その女性はあまり勉強が出来ないということが後で分かり、最初の一学期目はダメでしたね (笑)。それではと戦略を変え、誰が一番きちんとノートを取っていて勉強が出来そうかをじっくり観察し、一学期でオール A を取った女性にノートを借りるようにして、次の学期はほとんど A をとりました。この女性は現在 Boston College で教えています。前者の女性も環境問題を専門としており、今では、世界各地で講演し活躍しています。」
大塚 「吉野先生でもノートを借りたのですね (笑)。なんだか新鮮です! でもアメリカ人が出す例が全く分からないというのは良く分かります。私も ビジネススクール の留学時代、例として話が出る企業が何をやっている会社か全く分からず、本当に苦労しました。でも良く聞いていると例として出てくる 1 業種 2~3 社程度でしたので、いったん覚えてしまえばその例を逆に使えて助かりました。」
吉野 「そうですね。英語の中でも共通の ビジネス言語 を話さなければならないという意味で、キーワードを押さえておくことは非常に大切だと思います。」
大塚 「本当にそう思います。さて、本題です。日本人が英語を話す際に一番足りないスキルは何だと思いますか?」
吉野 「まず、学者でもビジネスマンでも、自分の専門分野を持っていなければならないと思います。自分の得意とする専門分野に関しては深い知識を持っていることが必要です。」
大塚 「それは当然でしょうね。英語はあくまでもコミュニケーションツールですのでまずコンテンツ (中身) がなければたとえ英語が出来ても会話は成立しません。」
吉野 「その通りです。日本人は一生懸命仕事をしますので、大多数の方々は自分のテリトリー (専門領域分野) を持っていると思います。その上で英語を話す際に一番足りないのは何かとなりますと、まず思いつくのが説明力です。」
大塚 「説明力というと?」
吉野 「頭で分かっていることをきちんと英語で表現が出来ないということです。」
大塚 「それは日本人特有の説明の仕方が、外国人、特に欧米人と話す場合には、適さないことがあるという問題でしょうか?」
吉野 「それは大きいと思います。まず一番目に気が付くのが、 “I’m sorry but…” とか、とにかく始めに謝ったり、言い訳がましいことから話し始めるという日本人の悪い癖ですね。日本人同士だとそれが謙虚さであり大切かもしれませんが、外国人、特に欧米人と話す場合、すぐにポイントを突いて話さなければなりません。欧米人は相手が出来る人かどうか瞬時に判断したがる習性があります。日本流にじっくりと謙虚に話すと損をしてしまいます。ポイントを突いて、相手に分かりやすい例を交えながら自分の考えを説明しなければいけません。これは日頃からそういうトレーニングを積んでいないと上手く身に付かないと思います。」
大塚 「なるほど。ただ英語を話す練習をするというのではなく、そういう文化的な違いを念頭において、欧米流に説明できるトレーニングを積まなければならないわけですね。」
吉野 「そうです。そういった意味で大塚君のビジネスは本当にいいと思いますよ。第一に先生が現役のビジネスマンなので先生の説明の仕方を聞いているだけでも、言葉遣い、表現方法など、とても勉強になると思います。また顔が見えない電話で英語を話すので、本当に内容が分からないと会話が成立しない。ちょうど数ヶ月前にファイナンシャル・プランナー資格を発行している団体の Financial Planning Standard Board (FPSB) の役員に立候補しました。世界で数名しかいないポストでアジアでは誰もいないということで、慶応の名誉教授の加藤寛先生の勧めで立候補しました。その 面接試験 が電話による面接で、相手の顔が見えない中で、FPSB に対して自分が何を貢献できるのかを説明し、相手からの質問に対しては、ただ答えるだけでなくプラス・アルファを付けて返答する。これが出来ればどこにいっても通用すると感じました。お陰様で合格しまして、来年から就任します。電話で英語を話すのは実際に会って話すよりも数倍難しいと思います。相手の顔、表情を見ないで自分の考えを英語で話し、白熱した議論を続けられれば、ビジネス社会でも恐いものなしだと思います。」
大塚 「世界的な資格であるファイナンシャル・プランナーのボード/ダイレクターに選ばれるなんて、さすが先生ですね! おめでとうございます。」
吉野 「ありがとうございます。運がよかっただけですよ。」
大塚 「説明力以外に日本人に足りないスキルはなんでしょうか?」
吉野 「質問力でしょうね。」
大塚 「それはすごく感じます。これも文化的な違いから来ると思うのですが、日本人は本当に質問しませんね。日本人同士での会話はあまり突っ込んで質問しすぎると嫌われてしまうという理由が一番だと思うのですが。。。」
吉野 「そう。でも質問をしないとディスカッションになりません。常に質問を考える訓練は、是非、必要です。慣れてくると質問が沢山思いつきます。そこで、頭に浮かんでくる質問に優先順位を付け、相手の最も伝えたかったことに付随する質問をすると相手にも非常に喜ばれ、ディスカッションも深まります。」
大塚 「本当にそう思います。日本は相手の話をきちんと聞いてから失礼のない範囲で質問をするべきという教育を受けてきましたが欧米人は違いますね。質問をするということは相手の話をきちんと聞いていたという意思表示となり、逆に質問をしないとちゃんと理解できているのかどうか不安に思われます。」
吉野 「その通りです。さらに欧米人は、相手の人間に能力があるかどうかを質問力で測っているといっても過言ではありません。先日ある政府の会議で、ヨーロッパからの招待講演に出席したのですが、その発表内容が『どうせ日本人には分からないだろう』とちょっと日本人を馬鹿にした態度が見えたので、発表後 3 つのポイントを突いた質問をしました。そうしたらみるみるうちに講演者の顔色が変わって “All three are very good questions.” と馬鹿にした態度が一気になくなりました。Discussion を深めるだけではなく、相手がこの人達はポイントを突いた質問をしている、内容をよく理解していると思わせる質問をする癖をつけることは大切だと思います。」
大塚 「それは本当に大事なことですね。説明力と質問力。要はコミュニケーション力ということですね。」
吉野 「そうです。欧米流のコミュニケーション力を是非つけて欲しいと思います。日本人はせっかく能力が高いのにこれが身についていない為、相当に損をしています。これは訓練で身につきますので是非日頃から心がけていただき、日本人の評価を上げてもらいたいと思います。」
大塚 「貴重なアドバイス、ありがとうございます。最後の質問になりますが、国際ビジネスマンとして、日本文化や歴史についての教養も身につけなければならないと思いますが如何ですか。」
吉野 「それも必要であると思います。ただ、文化などを完璧に知っている必要はないと思います。大切なのは日ごろ自分が感じている日本文化や社会問題などについて、きちんと説明できればよいと思います。例えば日本人は「チップを貰わない」でも、「給与が周りと同じ」でも、一生懸命にやるというのが、”美徳” とされてきました。しかし、最近では若い人達は、自分のやったことに対して正当な報酬を求めるようになっていることを、海外の人たちはどのように感じているのか? とか、今後少子高齢化に伴う労働者不足を外国人労働者で賄うのには日本にとって真によいことであるのか? そういう日本を取り巻く問題について、相手の文化と対比しながら日ごろから良く考え、多くの話題を持っていることが大切だと思います。」
大塚 「日本人はスモールトーク (パーティーでのちょっとした会話) が苦手といいます。それも日ごろからそういう身近な問題について意識して考え、いつでも引き出せるようにしていないからなのでしょうね。耳が痛いです (笑)。是非私もそういった習慣をつけていきたいと思っています。先生、本日は大変貴重な話を頂き、ありがとうございました。」
吉野 「こちらこそありがとうございました。」